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金戒光明寺 #280
金戒光明寺 #280 posted by (C)御城葡萄

京都へ行って来ました。

車で。名古屋→京都。

早起きに二度寝して失敗。結局出発が8時過ぎに。

四日市と大津以降と、2度の大渋滞に巻き込まれる。到着が12時半。

適当に車を止めたのが山科って所。そこからパーク&ライドで。

平安神宮と金戒光明寺を見てきました。

なかなかナイスが紅葉の写真を撮れました。

フォト蔵に10枚ほどアップしました。

あまりゆっくりしている暇もなく、そそくさと帰って来ました。

紅葉の盛り&3連休のなか日。

よりにもよって、こんな一番混む日に行ったのは、ちょっと間違いだった気もするけど、

ドライブ&紅葉撮影ってのは、なかなか良い休日の過ごし方な気もします。
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棋士の羽生善治さんが書いた新書『直感力』を読了しました。

これほどまでに共感できて、ためになるなぁと思える本ってすごいと思います。

ざっくり言うと、過去の経験の積み重ねで直感力が養われるってことですけどね。

この本を読んで、本当に羽生さんが好きになりました。

頭良いってだけでなく、試行錯誤を積み重ねてきた人で。

単なる受け売りではなくて、咀嚼したあとで出てくる言葉のリアリティ。

非常に読みやすい文体だけど、逆にそれゆえに教養を感じる。

読書が苦手な学生さんに一冊薦めるなら、『直感力』にしたいです。

もっと理解を深めようと思い、2回目を読み始めているところです。


先日の作詞コンペでボツったので、

半分カチンときながら、Song Bankの染川さんにアドバイスを求めたんですけど。

その返事を見ながらですね、

あー、そういう事かなぁ?と思うところがありまして。

要約すると、主人公の「気持ち」が見えてこないという感じで。



私は、作詞歴が13年目に突入しておりまして。

はじめた頃から、ずーっと疑問だったことがあります。

作詞の教則本とか、どんなものを見てみても、

一番最初に書いてあることは、

一番大事なのは、「こころ」ですと。

それを見て、私はね、

そりゃそうだ、それは当然だと思ったわけです。

でも、こころだけじゃ作詞はできんだろうと思ったわけです。

幼稚園児が一生懸命喋ってても、何だか意味がよく分からないのと同じで。

作詞の教則本を買ってまで、何を勉強したかったかといったら、

作詞をするための「技術」なわけですよね。

アコーディオン奏者のcobaも言ってたんですけど、

「こころ」なんて抽象的なことではなく、とにかく「技術」を磨けと。

だから、「技術」が第一で、「こころ」はその次という感じで作詞してたんですけど。



染川さんに言わせると、私には「技術」は充分備わっとるらしい(というニュアンスの発言があった)。

現状はそうであるのならば、

改めて初心に戻って、「気持ち」を重視した作詞を心がけようかなぁと思った次第です。

いや別に、今までも、「こころ」や「気持ち」は気にしてましたけど。

情景や風景が絵に浮かんでくるような歌詞を、強く心がけてた気がするなぁ。

今後は、主人公の「気持ち」が見えてくるような作詞ってのを、ちょっと追究して行こうかなぁと思います。
ニュースを見てたら、以前私がブログで指摘してた問題が、今頃になって社会問題化しそうな雰囲気です。

この記事は、2010年9月30日に私は書いてたんですけど。

地デジ化と新電波塔の不思議。

私程度の人間が気付くということは、

プロジェクトを動かしていた方々は当然、気付いていながらも遂行していた気がしてしまいます。



地デジ化への移行の、本来の正しい順序ってのは、

東京スカイツリー完成

東京スカイツリーのみでデジタル放送を送信

東京タワーのアナログ放送の停波

じゃなかったのかね?

実際には、

東京タワーからデジタル放送を開始

東京スカイツリー完成

デジタル放送用の電波塔が2つ存在する現状

どうしてこんな、あべこべな順序で運用を開始したのか、よく分からん。

普通に考えれば、

電波の出どころが2箇所あったら、そりゃぁおかしな事になるでしょう。



名古屋というか愛知県は、

瀬戸デジタルタワー完成

瀬戸デジタルタワーのみでデジタル放送を送信

名古屋テレビ塔のアナログ放送の停波

だった気がする。

東京のテレビの電波問題は、

どう考えても、私には謎だらけだなぁ。
白鳥庭園 #264
白鳥庭園 #264 posted by (C)御城葡萄

白鳥庭園で写真撮影してきました。

紅葉の色づいているところを探しました。

まだなー、微妙に早い感じだったかなぁ?

日向の楓は赤いけど、日陰ではまだ青い。

滝の近くの楓が色づいたら、キレイな写真を撮れそうだったなぁ。

フォト蔵に10枚ほどアップしたんで、お暇なら見ていってください(写真クリックで移動)。

本当は、京都とか行きたいけどなぁ。

金かかるとか、混むだろうとか、一人で行くの?とか、悩む要素がある。


SHOGUNがカッコ良いよなぁと、最近になって振り返っているんですよね。

「BAD CITY」が、やっぱり代表曲ってことになるでしょうけど。

ドラマ「探偵物語」の主題歌ですね。

主役の松田優作が演じた「工藤ちゃん」が、おもしろカッコ良くて、社会現象になりました。

30年以上前の話になるらしい。そんなに経つか?



当時を振り返っても、SHOGUNって、王道売れ線アーティストという括りではなかったみたいだけど。

一応作詞家だという立場だと、売れ線かどうかは気にしなきゃいけないんだろうけどさ、

リスナーという立場だと、とにかく好きなモノは好きなんだから、好きなように聴かせてくれということだわね。

「男たちのメロディ」の歌詞とかさ、もー、しびれちゃうよね。

これだよ、これ。

最近の世の中に足りないのは、こういう音楽だ。

今の10代の子は、こういう音楽を知らずに育ってるわけでしょ?

それはなんか、可哀想な気すらするんだよなぁ。

印税が欲しくて作詞家を目指した私。

やがて、お金の問題ではなく、作詞の面白さを知ったわけですが。

12年目にして一応作詞家には成れましたが、まだ印税はもらってないんだな。



ダウンロード方法
アニコロのでっかいQRコードからケータイでアクセス

楽曲検索で、キミと紙ヒコーキと入力

あとは、着うたダウンロードの要領で(入会は必要だけど)



そこで今日は、印税の計算を改めて見なおしてみました。

まーこれはあくまで、今回の私の取り交わした契約によると、という事だろうけど。



作詞家が印税を受け取るまでには、いろいろと手数料みたいなのを引かれるんですね。

何だかややこしい計算がいろいろとあるんだけどさ。

結局、作詞家の取り分は、売上の約13%みたいです。

ま、そんなもんかなぁって感じかな。

ただ、一定の金額(1000円か?)に満たないものは、振込が繰越になってしまう。

だから私は、まだ印税を受け取れていないし、たぶん今回の曲では一生印税を受け取れない可能性が高い(発表した時が一番売れるはずだから)。



具体的な数字で計算してみましょう。

今回の曲では、着うたフルだと300円でした。

だから、1ダウンロードだと、39円か。サンキューですな。

ニュースになるのは、100万ダウンロード超えとかでしょう。

そうなると、3900万円か。

でも、100万ダウンロードなんて、現実的じゃないわね。

10万ダウンロードでも大健闘だといえるよ。

それだと、390万円か。

サラリーマンの平均年収よりも、ちょっと安いね。

大手メーカーなら、30代後半なら、年俸800万円くらいは貰えるらしいよね。

テレビ局の正社員なら、1000万円オーバーは普通だし。

しかもサラリーマンは、その収入が何年も継続して貰える可能性が高いよね。

作詞家は、次から次へと発表し続けなければならない。

しかし、作詞コンペを勝ち抜いて、作品として世に出せる可能性は、これまた低いんだよなぁ。

私も、どんだけ頑張ってもボツになり続ける今日この頃なんで。

まー、そういう事だから、やっぱ、

印税生活したいって理由なら、作詞家はお薦めしないですね。

やめといた方が良い。苦しむだけ。



じゃあ私は、それが分かっててなぜ作詞を続けているかって言ったら、

長年続けてきたから引っ込みがつかなくなってるってのが大きいかな。

あとは、生活にハリが出るとか。

でも、虎視眈々と、小遣い代わりくらいの印税は欲しいかなぁとは思ってるけどね。

それで、一戸建てかマンションか買って引っ越したいかな。せめて頭金くらいにはしたいね。


最近、私の頭の中では、この歌ばかりがリピート状態です。

雪村いづみの「チャチャチャは素晴らしい」って歌です。

何回聴いても笑っちゃうんだけど。

お釈迦様も踊りだしちゃうからさ。



この時代って、クレイジーキャッツもだろうけど、

歌上手い人たちが、笑わせる歌を歌ってた気がするのね。

今は、

歌下手な人たちが、真面目を気取った歌うたう場合が多い気がする。

とにかく、歌の上手さが全然違う。

AKBばかりが聞こえてくる今日この頃だからなぁ。
友人から、「受験ネタも再びブログに書け」と依頼されまして。

なので今回は再び、なぜ学校で勉強するのかを考えました。

そこが理解できないから「勉強なんてやりたくねーよ」という学生さんも、いつの時代でも多い気がします。

その1はこちら

いつの時代でも大人は、「将来役に立つから」という説明をする気がします。

で、子供は「役に立たねーし」とか「使わねーし」とかで、バトルするってのは、これもまたいつの時代でもありがちかなと思います。

それが、本音なのか言い訳なのかは、人それぞれだろうけど。

だから私は今回は、考え方を変えてみました。

役に立たないかもしれないけど、勉強してる。

なぜか?

この逆転の発想をしたら、リアルな説明ができるなぁと思いました。



人間というのは、誰がどんな環境で生まれ育つのかは、運次第という部分も大きいですよね。

子供ってのは、自分の身の回りの世界だけが全てだと、無意識に考えている部分も多い。

でも実際は、世界は広い。

学問にも、いろんな種類のものがある。

「役に立たねーし」って思うのは、あくまでも今現在のあなたの環境での話で。

役に立たなさそうな学問が、直接役立つ世界だって、そりゃあるでしょう。

ただ、そのことを今のあなたが知らないだけ。

子供たちに、たくさんの可能性を与えたいんだろうね。

どの学問が役に立つどの世界で仕事がしたいのか、子供のうちから決めるのは難しいだろうから。

いろんな世界を知った上で、進路を決めてちょうだいなってことのような気がするね。

能力がある人には、平等にチャンスを与えようという考え方なんじゃないかなぁ?

生まれが貧乏だろうがなんだろうが関係なく、平等に勉強の機会が与えられる現代社会だと思います。

高学歴の人は、それを活かして頭脳労働する場合が多く、その方が給料高い場合も多いんだけど、

そういう人には、生まれた時の貧富は気にしないとしても、

幅広い知識を持ってて欲しいと考えて、今の学校のシステムがあるんだと、今回考えてみて思いました。

まー確かに、今の学校教育にもね、英語を何年間勉強しても喋れるようにはなかなかなれんとか、いろいろ問題はありますが。

あれだね、少なくとも授業だけは真面目に受けとけば、「人の話はよく聞け」とか「集中しろ」とか「とにかくメモしろ」とか、そういう人間力は身に付くだろうし、それは将来必ず役立つと思うなぁ。

受験ってのは、運ではなくて実力で、自分の環境を作っていく行為なんじゃないかな?

「よく学び、よく遊べ」なんで。

遊ぶほうは、ついつい熱中するだろうけどね。

学ぶほうは、やる気なくなることも多いだろうけど。

学ぶ習慣が身につけば、「学ぶ=遊ぶ」という感覚を感じるようにもなるかもね。

「へぇー、そうなんだ」って思えることは、楽しいことだと思うねぇ。
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