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日本ではタブー視されることが多い「宗教」という存在。

私自身も、怪しい存在という印象はあります。

また、ブログにこういうことを書くことで、対応に困る輩が寄ってくる可能性も心配します。

でも、まー、私なりに宗教についての考えがまとまってきたので、書いておこうと思います。

ということで、このブログに宗教関連のコメントが付いても、削除します。



ある宗教を信じている人(特に新興宗教)は、「良い教えを説いてるから」と答えるでしょう。

でもそれは、私に言わせれば、当たり前だと思います。

教祖は、良い教えを説くことで、金と人と物を集めて、名誉を手に入れたいんでしょう。

良い教えを説かないと、ライバルとなる他の宗教には勝てませんしね。

その点で一番成功しているのは、創価学会とか、幸福の科学でしょうね。

日本には、信教の自由がある。どんな宗教を信じようが、宗教なんか信じなかろうが自由。先進的だな。

日本では、宗教法人というのは、税制面などで優遇措置があるという話ですし。

新興宗教の教祖は、そういう俗人的な欲求を、心の中に持っている気がしてならないですね。

もしも、人心救済を行いたいというのなら、

それに必要な経費は、自腹を切ってちょうだいよと、私なんかは思う。



私の家は、浄土真宗大谷派(お東さん)なんです。

父親の葬式や法事の時に、やっぱりいい加減な宗教だなという印象も受けました。

東別院の坊さんが、お経を読みながら、どっかから飛んできた虫ばかり気にしてたりね。

そういういい加減さが嫌で、改宗する人もいるかもしれませんね。

でも私は、改宗しようという気にはならないんです。

こういう長年続いてる宗教は、今ではもはや文化だと思うんですね。

科学も医学も学問も発達してるから、宗教に心の救済を求めようという時代は、もう終わってる気がします。



私が根っこの部分で信じている宗教ってなんだ?と考えると、

日本の伝統的な八百万の神ということになるかもしれないですね。

世のあらゆるものに神が宿るという考え方。

日本人が日本人である理由の大きな部分というのは、

この考え方が、無意識のうちに根本にあるからなような気もします。



現代の日本人は、悩みも多いでしょうね。

普通の毎日の生活自体が、修行修行の連続みたいなもんだからね。

その悩みの大きな部分は、人との付き合い方なような気がします。

そこで悩むから、宗教にのめり込む人もいるのかもしれないですけど。

それは、コミュニケーションが下手だから悩む人も多いんじゃないかな?

だから、コミュニケーションの技術を学んだほうが良いのでしょうね。

しかし、コミュニケーションセミナーみたいな所は、これもまたどっかの新興宗教とつながりがある場合もあるでしょうけど。



と、宗教に対しては批判的な考えを持ってる私ですけど。

文化としては尊重しているから、神社仏閣に行けばとりあえずキチンと拝みますね。

それは、八百万の精神に基づくマナーなような気もしてます。

でも、あれだよね。

私がある日突然、教祖になってるなんてことも、あるのかもしれないけどね。
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池上さんもマツコも、聞き上手だね。 | Home | 「山下清展」を見てきました。

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