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友人から、「受験ネタも再びブログに書け」と依頼されまして。

なので今回は再び、なぜ学校で勉強するのかを考えました。

そこが理解できないから「勉強なんてやりたくねーよ」という学生さんも、いつの時代でも多い気がします。

その1はこちら

いつの時代でも大人は、「将来役に立つから」という説明をする気がします。

で、子供は「役に立たねーし」とか「使わねーし」とかで、バトルするってのは、これもまたいつの時代でもありがちかなと思います。

それが、本音なのか言い訳なのかは、人それぞれだろうけど。

だから私は今回は、考え方を変えてみました。

役に立たないかもしれないけど、勉強してる。

なぜか?

この逆転の発想をしたら、リアルな説明ができるなぁと思いました。



人間というのは、誰がどんな環境で生まれ育つのかは、運次第という部分も大きいですよね。

子供ってのは、自分の身の回りの世界だけが全てだと、無意識に考えている部分も多い。

でも実際は、世界は広い。

学問にも、いろんな種類のものがある。

「役に立たねーし」って思うのは、あくまでも今現在のあなたの環境での話で。

役に立たなさそうな学問が、直接役立つ世界だって、そりゃあるでしょう。

ただ、そのことを今のあなたが知らないだけ。

子供たちに、たくさんの可能性を与えたいんだろうね。

どの学問が役に立つどの世界で仕事がしたいのか、子供のうちから決めるのは難しいだろうから。

いろんな世界を知った上で、進路を決めてちょうだいなってことのような気がするね。

能力がある人には、平等にチャンスを与えようという考え方なんじゃないかなぁ?

生まれが貧乏だろうがなんだろうが関係なく、平等に勉強の機会が与えられる現代社会だと思います。

高学歴の人は、それを活かして頭脳労働する場合が多く、その方が給料高い場合も多いんだけど、

そういう人には、生まれた時の貧富は気にしないとしても、

幅広い知識を持ってて欲しいと考えて、今の学校のシステムがあるんだと、今回考えてみて思いました。

まー確かに、今の学校教育にもね、英語を何年間勉強しても喋れるようにはなかなかなれんとか、いろいろ問題はありますが。

あれだね、少なくとも授業だけは真面目に受けとけば、「人の話はよく聞け」とか「集中しろ」とか「とにかくメモしろ」とか、そういう人間力は身に付くだろうし、それは将来必ず役立つと思うなぁ。

受験ってのは、運ではなくて実力で、自分の環境を作っていく行為なんじゃないかな?

「よく学び、よく遊べ」なんで。

遊ぶほうは、ついつい熱中するだろうけどね。

学ぶほうは、やる気なくなることも多いだろうけど。

学ぶ習慣が身につけば、「学ぶ=遊ぶ」という感覚を感じるようにもなるかもね。

「へぇー、そうなんだ」って思えることは、楽しいことだと思うねぇ。
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雪村いづみな今日この頃。 | Home | 作詞「熱田参り」

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