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名古屋市議会議員の藤沢忠将さんが、市長に立候補するそうです。43才。

今朝の中日新聞に載ってました。

たぶん、当選するでしょう。

自民党の勢いがすごいこのご時世ってのもあるし、

なによりも、塚本三郎さん(元民社党委員長)のお弟子さんだから。



なぜ、このブログに藤沢さんのことを書いてるかというと、

藤沢さんは、昔のご近所さんなんです。歩いて30秒だった。

(具体的な場所は書きませんが、南区です)

本当にど田舎で、寺と橋しかないような場所なんですけどね。

あまり教育熱心な土地柄ではないんですけど、

藤沢さんのおばさんは、教育熱心だったんですよね。

藤沢忠将さんは、男3人兄弟の長男なんですけど。

東海中学・高校→三重大学ですね。

笠寺観音の前の看板を見るたびに不思議な気分ですけど。

あんな場所で育って、市長になるのかと思うと、ビックリですね。



藤沢さんは元々、政治とは何の関わりもコネもない所で育ったんです。

でも、政治をやりたいと思ったんでしょう。

で、大学時代に塚本さんの門を叩いた。

そしたら「明日から来なさい」という話になったらしいです。

まーすごい行動力だと思います。



藤沢さんはどんな人かって言うと、

(私にとってはお兄ちゃん過ぎたので、あまり接点もなかったですが)

長男らしくおっとりはしてるけど、芯のしっかりした人なんでしょうね。

優しい人でしょうね。それはある。

でも、そんなふうに政治の道に入った人だから、いざって時は行動力もあるんでしょう、たぶん。



ただ、今の市長が河村たかしさんでして。

この2人を比較しちゃうと、藤沢さんは地味な印象しか無いでしょうけど。

河村さんというと、いろんな所でバトルしてた印象が強いですが、

藤沢さんは、なるべく穏便に話し合いで解決しようとするんじゃないかなぁ。

地道にコツコツ積み上げていくタイプの人なんでしょうね。

用事があって藤沢さんの事務所に伺った事があるんですけど、

本当に地味な感じの事務所でしたよ(他の事務所を知らんからアレだけど)。

まー私も、市議としてどういう活躍をしてきたのか、よく分かんないんですけど。

是非とも、当選していただきたいかな。

普段は、自民党に入れたことのない私ですけど。

藤沢さんが出るなら、藤沢さんに投票するでしょうね。
うちは中日新聞を取ってるんです。

今朝の一番のニュースは、テレビ欄の下の方、運勢の欄にありました。

松雲庵主が亡くなられたとのこと。

なんと、約60年間も、中日新聞の運勢を担当されていたということ。

私が松雲庵主のことを気にし始めたのは、成人したあとかなぁ?

子供の頃から、新聞の記事は読まなくても、運勢だけは見てたんですけど。

そういえば、これ、誰が書いてんだ?と思って。

毎日毎日、勉強になるようなことが書いてあるんでね。

で、左下に括弧書きで(松雲庵主)と書いてあることに、その時初めて気付いたんです。

この運勢を見るために中日新聞or東京新聞を取ってる人もいるらしいですよね。

三面記事とかの大まかな所はどの新聞も大差なかろうという、その気持ちは私も分かる。

松雲庵主は、皆が知ってる謎の人物って感じでしたね。

休みなく、毎日毎日掲載されるわけだしね。

だから私は、一つの疑惑を抱いてたんです。

疑惑というか、

中日新聞には運勢を担当する人が複数いて、その共同のペンネームが松雲庵主なのかなぁ?とか、勝手に思ってたんですけど、

この方が松雲庵主だそうです。

お坊さんだったんですね。

池上本門寺という日蓮宗のお寺の山主だそうです。

Yahoo地図で調べたら、東京の大田区のお寺のようです。

松雲庵主のような生き方は羨ましいと思うし、すごいと思います。

ほぼ毎日、約60年間も、運勢の掲載という一つのことを続けるとは。

お坊さんとしての御勤めの間を縫って続けてこられたわけでね。

大往生ですよね。

心よりご冥福をお祈りいたします。

中日新聞社さんには、「松雲庵主の言葉」みたいな単行本を刊行してくださることを期待します。



と、ここまで昨日書いたんですけど、

「このお坊さんは松雲庵主の言葉を引用しただけではないか?」とコメントが付きまして。

再び調べてみたら、その指摘は正しいみたいです。

ちょっと勇み足でした。すみません。

ただ、たしかに言えることは、

こういう偉いお坊さんも引用したくなるほど、松雲庵主の言葉には力があるということ。

(あと、池上本門寺ではたぶん、東京新聞を取っているんじゃないかなぁということ)

このお坊さんが松雲庵主ではないとなると、

松雲庵主は益々謎の人物ってことですね。

これもネット検索で調べたんですが、

中日新聞では松雲庵主の正体を公にできないというスタンスを取っているようです。

人が人なら「私が松雲庵主です」といって、講演会とか商売とかしそうな気もしますけど。

松雲庵主はやっぱり人格者だったということでしょうか。



で、松雲庵主の跡を継ぐ人なんですが、

松風庵主という人だそうです。

と考えると、これはやっぱりペンネームみたいですね。

タイガーマスクが伊達直人みたいなもんでしょうか。

それとも、松雲庵とか松風庵とか、知る人ぞ知る駆け込み寺があるんでしょうか?(私は知らないけど)

誰なんだろうね?中日新聞の社員とかか?
世の中の多くの人が、暇な時に何してるかといえば、

テレビ見てるかインターネットやってるかだと思うんですね。

ま、たまにはラジオも聞こうぜとか、外に遊びに行こうぜとか思うけど、それは置いといて。

とにかく、一日中、何らかの動画を見てる人も多いでしょう。



で、今回の表題の話なんですけど。

そういう動画を見ながらですね、なぜ過去を過去と認識できるかといったら、

画質が劣化してて悪いとか、モノクロ映像だとか、

そういう所で時代を感じてると思うんですね。

時代が古いというよりも、映像技術が古いわけだ。

たぶん、無意識な人も多いだろうけど。

でも最近は高画質でしょ。

デジタルになり、画質の劣化も少ない時代に突入してます。

ハードウェアの部分でも、安い民生品のビデオカメラでも、かなり高画質でね。

そういう映像を、毎日多くの人が、ネット上にアップしてますよね。

その映像が、100年たとうが200年たとうが、残るかもしれない。

そうなると、映像劣化だけでは時代を感じられないようになる気がするんですね。

すべての過去が「今」になる日に、すでに突入してる気がします。



とか、今まさに書いている最中のこの記事も、

私が亡くなったあとでも残ってるかもしれない。

(いやいや、あと50年は生きたいけど)

実際に、以前のブログ「情報タワー」の記事は、

5~6年前に書いた記事も、今でもサクッと見れてしまうわけですね。

(何でこんな事書いた?とか思うのは、作詞やってるから多少は慣れてるが)

書いた本人にしてみれば「あ~、懐かしいなぁ」と思うこともあるけど、

読み手の方は、大概は「今」のものとして捉えるでしょう。

まぁね、そういう時代に突入しているんだなぁと感じたので、ブログに書いてみました。



あーでも、あれだね、

小説とか音楽ってのは、ずっと前からそういう時代に突入しとるのか。

読み手は、いつ書かれたものだとか、たぶんあんまり意識しないでしょう。
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